過去を振り返る3 ベネッセ勤務

猛暑の中,本日より着工したユニットバス交換リフォーム工事.
朝から養生・解体・水道と電気の改修・床下の調査など盛りだくさん.
工事の責任者として,現場の作業員として,ヘロヘロになりつつ頑張りました.

やり始めたので最後までやらなきゃいけない過去を振り返るシリーズですが,
今日はベネッセ勤務を振り返ってみます.

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2000年4月1日に東京本部で入社式があり,すぐ新人研修がスタートしました.
研修期間は2週間もあり,岡山本社で缶詰状態で,基礎知識のインプット.
会社の歴史や現在展開している事業の知識,ビジネスマナー研修やグループワーク,
本当に中身の濃い研修だったと思います.その後全国の支社に散って営業研修,
香川県直島に再集合しての打ち上げ.

練りにねったプログラム構成もすごいと思いましたが,
一方でこんなに人件費・旅費・宿泊費を使いまくって研修するなんて,
どんだけお金のある会社なんだと思いました.

そんなに儲かっているの?
それにしたってこの新人研修へのお金のつぎ込み方は異常だ.
もっと別のことに投資したらいいのに.
社会に出たばかりで右も左もわからない僕でしたが,
このお金の使い方は良くないと直感的に思いました.
つまり,対費用効果をあまり考えていないのでないかということです.
もちろんこれには反論もあるかと思いますが.
僕はそう感じました.

研修も終わって現場に配属されましたが,
自分が思う以上になんにもわからない,できない毎日.
基本的に教材の編集をするのがメインで,それ以外にも同時に
いろんな小さな仕事の担当をしました.
必死に覚えようとするのですが,周囲の飲み込みの早い人からどんどん
遅れをとっていくのがわかりました.

そう,そうだよ.僕は飲み込みは良くないんだ.
自己分析の結果その弱点は把握していましたがそれでも焦りは募ります.
いつかシナプスがつながってブレイクスルーするはずと信じて
頑張っていると,1年目も終わりに近づいた頃,急に仕事がさばけるように
なってきました.
編集の流れがわかって,いかに上流工程で内容を詰め,ミスをなくし,
下流工程での作業を軽減するかというコツがつかめるようになりました.

編集にかける時間が減ってくると,
その分新しいことにチャレンジしたくなります.
正確さと規則的な反復運動のような教材編集という仕事は僕には向いて
いないように思うようになりました.もっと情熱をかけて何かをしたくなった
のです.

そこで今でも,仕事の師匠と仰ぐ上司に対して何かと「やります!」と言って
手を上げて新しいことにチャレンジしました.
その中で一番面白かったのがマーケティングです.
もっと細かく分類するとマーケティングリサーチ.
膨大な顧客に定性・定量の調査をかけたり,
データベースからエリア・学力・支払い形態・継続期間といったキーで
特異なセグメントを見つけたりすることです.
それによって「如何に満足度してもらって長くお客さんでいてもらうか」と
いうテーマを突き詰めて考えました.

大学の授業でもマーケティングはありましたがまったく上の空でした.
社会人になってからマーケティングの基礎から勉強しました.

そうこうしているとなんだか別の悩みが出てきました.
お客様は中学生とその保護者で,1学年に20万人弱存在する.
しかし,この通信教育という事業で本当に効果的な学習ができるのは
そのごく一部であるということ.

それを使いこなせない人もいるし,簡単すぎてつまらない人もいる.
暗記教材だけあればいい人もいるし,応用だけをやりたい人もいる.
勉強の内容より,計画立ててコーチングして欲しい人もいる.
そんな顧客の数だけある多様なニーズをすべて満足させるなんて不可能です.

そんなの当たり前じゃん

と割り切れたらよかったのですが,
容量の悪い僕は,マスのサービスだから顧客の細かなニーズに合わせることが
できない.1対1の個別サービスなら,0からヒアリングしてお客様のことを
考えたサービス提供ができると思うようになりました.

それともう1つ.
この会社は僕がひとりいなくなったところで何にも影響ないだろうなということ.
新人研修にあんなにお金を使える会社です.
誰がどうやったってきっと儲かるようになってるということがわかっていました.
ネームバリューやブランドも相当なもの.
そして通信教育という無敵のビジネスモデル.
社員一人ひとりの力というよりは,これまで築き上げてきた超強力なシステムが
社員を動かし利益を生み出していると思いました.

それって僕の人間力の向上にはむしろ良くない環境だよな・・・

そんな今から思えば贅沢な悩みを抱えていた時です.
ボケーっとつけていたTVで,建築家の手塚貴晴さんの情熱大陸を見てしまった
のです.

僕はそれまで建築なんてまったくまったく興味がありませんでした.
どんなにすごい建築物をみても ふーん みたいな感じで何も感じませんでした.
美しいとか,洗練されているとか,なんにも感じたことがありませんでした.

そんな僕ですが,手塚さんがクライアントさんにプレゼンをしていて,
住宅の模型を出して説明すると,
クライアントさんは感激して泣き出してしまったのです.
まだ,何にも出来ていない模型だけでクライアントさんを感動させたのです.

マスのサービス提供に疑問を感じていた僕は,
まるで雷に打たれたようでした.
これだ!!これしかないっ!!
って思いました.

住宅は1対1のサービスで,人生最大の買いもの.
土地の選定からデザインまで選択肢は無限にあって,
その中からもっともお客様にあったものを提供できる.

偶然にも漠然と感じていた疑問への解答がここにありました.
すぐにどうやったら建築家になれるのか,資格を取るには?学校は?
そもそも建築家ってなんだ?どうやってキャリアを築くのか?
調べまくりました.

そして決意を固めて上司に退職を申し出ました.
その時大プロジェクトをやっていたので,それがカットオーバーする1年後までは
仕事をやり遂げて,その後退職するということで決めました.

それから1年間,仕事はもちろんハードでしたが,
休みの日には図書館に行って建築に関する本を片っ端から借りてきては
読破しました.そうやって建築を少しずつ知っていくと,
良いデザイン・悪いデザインというものが自分の中で判断がつくように
なってきました.これまで気にも留めなかった建物が突然かっこよく見えるように
なったり,デザインの特徴から年代などがわかるようになったりしてきました.

安定した収入が突然なくなるのは不安でしたが,
もうどうにも情熱をごまかしたりできないくらいに燃えていたので,
えいやっ!で建築の道に進むことにしました.
1対1のサービス.
自分の力だけで道を切り開きたい,それができると証明したい.

この2つの思いに突き動かされて,うかつにも建築の道を選びました.

この時30歳でした.無謀な30歳でした.

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今日はこのへんで.
おやすみなさい.