過去を振り返る4 建築下積み時代

今日は工事のお昼休憩の時間を利用してブログ更新しております。
宮本です、( ノ゚Д゚)こんにちは。

過去を振り返るシリーズの4回目、建築下積み時代です。
しょーもない話ですが、お付き合いいただければ幸いです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ベネッセ退職後、最初にやったことは2つです。

1つ、専門学校に入学。夜間2年制で、卒業後には2級建築士の受験資格が
得られます。福岡市の福岡建設専門学校というところです。
東京から北九州にUターンしてきましたが、北九州には同様の学校がない
ため福岡まで通うことにしました。

2つ、就職活動。
学校は18:00からなのでお昼は働いてお金を稼ぎたい。
当時、最初の結婚していて、ちいさな子供が二人いる。
退職金とか貯金もあっさりなくなって大変でした。

設計をやりたいというのが本音でしたが、
状況は厳しくわがままも言っていられないので、
建築業界ならどこでもいい、雇ってくれるならなんでもやります、
という気持ちでした。

学校があったので残業ができない、建築の経験がないということで
就職活動は苦労しましたが、なんとか福岡市の地場のゼネコンで採用して
もらいました。

しかし、この職場では✖✖✖✖✖✖とか、✖✖✖✖✖✖などという、
✖✖✖✖なことがありまして1年も経たずに退職することにしました。
(↑くわしくは書けない・・・)

次に就職したのが北九州市の工務店でした。
こちらでは6年間勤めました。地場の小さな会社でしたので、
営業・設計・見積・施工管理といろいろ経験できてよかったです。

特に僕は小規模工事を担当することが多かったので、
外注ばかりしていると会社の利益がまったく残らなくなってしまいます。
しかたなく見よう見まねで職人さんの作業手順をまねして、質問して、
調べて、実践して、少しずつ現場での作業自体も習得していきました。
大工・左官・塗装・電気・水道・・・
ここでの経験が今に生きています。

ただ、この期間に結婚生活はうまくいかなくなってしまい、修復不能な
状態になってしまいました。これはもう無理だと判断して離婚することに。
二人の子供にはとても申し訳ないことをしました。
(↑詳しくは書けない・・・)

このように下積み機関6年間は、
着実に建築の経験を積みながらも、家庭は壊れてしまい、
同時に建築業界の厳しい現実に直面し、
決して明るいものではありませんでした。
自分の選択が本当に良かったのか、確信はなくなっていました。

それでももう建築の道に進んで6年。
後戻りすることもできず、方向転換も気が進まない。
たくさん仕事を取って大繁盛するなんていうイメージはサラサラもてなかった
ですが、勤めていた工務店の経営状態も・・・
・・・・半ば勢いで独立することにしました。消極的独立。

資金もないし、顧客もないし、夢は色あせてしまって、
心は疲れきっていました。
僕の独立はそんな感じで、まったくダメダメな感じでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ちょうどお昼休みが終わります。
今日はこのへんで。